とん太について

味作りから店造り、FCシステムまで
すべて一人で築いたラーメンの神

創業者の故・草野秀雄がトラックなどの運転手から脱サラし、兄のラーメン店を手伝うことにしたのは29歳の時です。

1日やり方を教わったら翌日からは一人だけで店を任せられ、失敗しながらもお客様からの助けによって3日間ラーメンを作り続けました。

このたった4日間の修行で感覚をつかむと自分で店を持つ決意を固め、翌日からは車を走らせ運転手時代のイメージを頼りに「これだ!」という立地を探し回ります。

当時は手元にお金がなく、借金をして最初のラーメン店をオープンさせると開店1週間で行列ができる繁盛店となり、半年で店は軌道にのりました。

その後、父からのアドバイスによって人を雇い、今度はオーナー目線で店を改善。「この店のチェーン店をやらせてほしい」という人が次々と現れ、チェーン店を展開していきます。

そして1982年、39歳の時に満を持して千葉に「ラーメンとん太1号店」をオープン。最初のラーメン店オープンから5年後には100店舗、16年後には400店舗を展開し、一世を風靡しました。

草野のHis Storyは終わりましたが とん太のHistoryはまだ続いています

身びいきを差し引いても、やはり草野秀雄はラーメン業界のカリスマだったと思います。

こういう味のラーメンを作りたいと思っただけで、頭にそのレシピが浮かんできたそうです。またそばにいると誰もが「付いて行きたい」と思ってしまう、圧倒的なオーラがありました。

これはおそらく天性のもので、残念ながら私どもは草野のようにはなれません。

しかし、まだ世に出していない草野のレシピは数百あり、草野と働くことで得た経営ノウハウや他とは違うフランチャイズチェーンのシステムがあります。

それらを引き継ぎ、フランチャイジーであるオーナー希望の皆様とフランチャイザーである我々で、草野が残したラーメンブランド『とん太』だけでなくラーメン業界全体を盛り上げていけたらと考えております。

ラーメンへの情熱
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